東京地方裁判所 平成元年(ワ)7264号 判決 1996年4月22日
原告
東京海上火災保険株式会社
右代表者代表取締役
小田達雄
右訴訟代理人弁護士
忽那隆治
同
坂本紀子
被告
東京計装株式会社
右代表者代表取締役
髙野山太作
右訴訟代理人弁護士
内藤潤
同
原壽
右内藤潤訴訟復代理人弁護士
渡邉恵理子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、金四七一七万四〇二一円及びこれに対する平成元年六月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、ケミカルタンカーにベンゼンを積込み作業中、爆発炎上した事故について、右ベンゼンの荷主に対し右事故による損害填補のための保険金を支払った原告が、右タンカーの貨物タンク内に設置された被告製造の液面計フロートの構造上の欠陥が右事故の原因であり、原告は右保険金の支払により右ベンゼンの荷主の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求権を代位取得したとして、被告に対し、その支払を求める事案である。
一 争いのない事実等
1 (当事者)
原告は、海上保険その他各種損害保険業を営む株式会社であり、被告は、各種計器、量器及び衡器の製造及び販売等を業とする株式会社である。
2 (本件事故の概要)
(一) 訴外明和海運株式会社(以下「明和海運」という。)所有のケミカルタンカー「第六明和丸」(以下「本船」という。)は、昭和六〇年一二月一七日(以下、時刻の記載のみあるのは同日を指す。)午前八時三〇分ころ、岡山県倉敷市所在の訴外三菱石油株式会社(以下「三菱石油」という。)水島製油所第三桟橋第七バースに、訴外三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)所有のベンゼン(以下「本件ベンゼン」という。)を積み込むため着桟した(その位置関係は別紙図面一のとおり)。
(二) 本船には、船首から順に一番両舷タンク、二番両舷タンク、三番両舷タンク及び四番両舷タンクの合計八つの貨物タンク(以下「タンク」という。)があった。タンクの位置関係は別紙図面二のとおりであり、一番両舷タンクの構造の概略は、別紙図面三ないし五のとおりである。
右八つの各タンクには、測深管や荷役用の配管等のほか、被告が設計、製造した同型の液面計がそれぞれ一個ずつ設置されていた。右液面計は、フロート(以下「本件フロート」という。)と呼ばれるドーナツ状の浮きが、タンク内の液面の高さにしたがって上下する仕組みになっており、これを通じてタンク内の液位を計測する装置である(その構造は別紙図面六のとおり)。なお、右フロートの中心には、ガイドパイプと呼ばれるパイプが垂直に貫通しており、フロートがガイドパイプを離れてタンク内を水平方向に浮遊することはない。
(三) 本船の乗組員は、製油所側とベンゼン荷役用ホースの取付作業等を行った後、午前九時一〇分ころから本船各タンクへのベンゼンの積込みを開始した。本件ベンゼンの積荷総量は、一一三一キロリットルであり、まず、四番両舷タンク、一番両舷タンク、三番両舷タンク及び二番両舷タンクの順に、出荷ポンプを使わずに各タンク内のベルマウスが浸るまでベンゼンが流し込まれた。その後、今度は二番両舷タンク、三番両舷タンク、一番両舷タンク及び四番両舷タンクの予定順に出荷ポンプを稼働して本格的な積込み作業が行われることになり、午前九時二一分ころから、その作業が開始され、二番及び三番の各タンクへの積込みが完了し、一番両舷タンクにベンゼンを積込み中の午前一一時三四分ころ、爆発炎上した(以下「本件爆発」という。)。
(四) 本件爆発により、本船上で荷役作業に従事していた本船船長の訴外阿部慶一及び同甲板長の訴外鈴木初一の二名はともに爆風で吹き飛ばされ死亡し、本船各タンクは破損して本件ベンゼンが一部焼失または流失した(以下、この事故を「本件事故」という。)。
3 (保険金の支払)
原告は、三菱商事との間で締結した本件ベンゼンについての海上保険契約に基づき、同社に対し、昭和六一年三月七日、本件事故による貨物損害を填補する保険金三二〇九万五七八〇円を、同年一二月二四日、本件事故による船舶及び積荷の共同の危険を免れしめるために支出された費用について荷主の共同海損分担額の費用損害を填補する保険金一四〇八万二九七八円を、さらに平成元年四月二六日、同追加分担額の費用損害を填補する保険金九九万五二六三円の合計四七一七万四〇二一円を支払った。
4 (本件海難審判)
(一) 海難審判庁理事官は、本件事故の原因は、ベンゼンを本船タンクに荷役する過程において発生した静電気が本船タンク中に設置されていた液面計のフロート部分に蓄積し、右フロートと液面計ガイドパイプ間で火花放電した結果、これが本船タンク内の液面付近にあったベンゼン混合気に引火して爆発したものであると主張し、指定海難関係人として、被告、明和海運及び三菱石油、受審人として本船一等航海士訴外沖濱輝美及び本船一等機関士訴外中田清志をそれぞれ指定して、昭和六一年七月三一日、広島地方海難審判庁に対し審判開始の申立をした(同庁同年広審第六二号事件)。
(二) 広島地方海難審判庁は、審理の結果、昭和六三年一〇月三一日、「本件爆発は、静電気の影響が十分究明されないまま、液面計のフロートにフッ素樹脂製のクッションが装着され、同液面計を装備してベンゼンの積込み中、フロートの静電気が帯電し、火花放電して爆発限界内のベンゼン混合気に着火したことに因って発生したものである。」との原因解明裁決(以下「一審裁決」という。)を言い渡した。
(三) 被告は、一審裁決を不服として、同年一一月四日、高等海難審判庁に対し第二審請求の申立をしたが、後日、海難審判理事官からも第二審の請求がされたため、本件は、高等海難審判庁において審理されることになった(同庁同年第二審第四〇号事件)。
(四) 第二審の高等海難審判庁は、平成三年四月二五日、第一審同様、「本件爆発は、静電気の帯電についての検討が不十分で、騒音防止の目的で液面計フロートにフッ素樹脂製クッションを装着する際、同フロートをガイドパイプに対し絶縁状態としたことに因って発生したものである。」との原因解明裁決(以下「本件裁決」という。)を言い渡した(以上の海難審判手続を、以下「本件海難審判」という。)。
なお、本件裁決が右事故の原因であるとした液面計は、本船一番左舷タンク(以下「本件タンク」という。)に設置されたものである(以下「本件液面計」という。)。
二 争点―本件爆発の原因
1 本件フロートとガイドパイプ間の火花放電
(原告の主張)
(一) 本件爆発の原因は、本件裁決が認定したとおり、ベンゼンを本件タンクに荷役する過程において発生した静電気が本件タンク中に設置されていた本件液面計フロート部分に蓄積し、本件フロートが構造上ガイドパイプに対し絶縁状態になっていたため、右フロートと液面計ガイドパイプ間で火花放電した結果、これが本件タンク内の液面付近にあったベンゼン混合気に引火したことにあり、被告は、構造上欠陥のある本件フロートを設計、製造し、製造物に本来備えられるべき安全性を確保することを怠った過失により本件事故を発生させたものである。
(二) 海難審判においては、刑事訴訟手続に準じた厳格な手続により審理が行われ、合理的な疑いをはさむ余地がない高度な蓋然性が証明された場合にのみ裁決という公権的判断がなされるのであるから、右裁決は、これを覆すに足る新たな証拠が発見・提出された場合、あるいは、裁決の結論に影響するような重大な審理不尽、証拠法則違反、経験則違反、理由不備等がない限り、民事事件においても尊重されるべきものである。また、本件裁決は、事故現場及び証拠物の入念な検証に加えて、静電気に関する膨大な実験及び鑑定を実施し、およそ本件爆発について想定しうる限りのすべての原因について検討した結果、本件爆発の原因を右のように認定したものであり、その判断は極めて科学的・合理的で一貫している。原告は、本件裁決の右事実認定及び判断をそのまま援用する。
(三) ところで、本件おいては、鑑定人松原美之により、本件爆発当時の本件フロートの電位等について鑑定がなされ(以下、この鑑定を「本件鑑定」という。)、その鑑定結果は本件裁決と結論を異にするが、同鑑定は、①電荷密度を一様であるとみなしてタンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めており、注油作業中で油面自体の高さが上昇中であるという過渡現象としての静電気状態を考慮していない、②本件裁決が証拠として採用した「静電気実験報告書」(乙四の3)における実験結果と矛盾する、③液の流動等の動的条件を考慮していないなど、その解析手法には種々の問題があり、到底本件裁決の認定を覆すに足る科学的合理性を有するものとはいえない。
(被告の主張)
(一) 本件爆発は本件液面計フロートの火花放電によるものではない。
海難審判の裁決における事実認定は、民事訴訟における事実認定を拘束するものではないし、本件裁決は、本件海難審判において本件フロートが着火源とはなり得ない旨の専門家による鑑定結果を何らの反証もないまま排斥し、また、静電気に関する基本的理解を欠いた判断により本件フロートの静電気の火花放電が本件爆発の原因であると認定し、被告が主張した油面放電の可能性についても十分な検討がないままこれを排斥したものであり、科学的合理性を欠くものである。むしろ、本件鑑定によれば、本件爆発当時、本件液面計フロートが放電開始電位に到達していなかったことは明らかであり、右火花放電の可能性は否定される。
(二) 本件爆発は、本件タンク内の導油管下端と帯電したベンゼン液面との間の放電(油面放電)によるものであった蓋然性が極めて高い。
すなわち、本件裁決は、本件爆発時刻を、一審裁決が認定した午前一一時三五分より一分早い同一一時三四分と認定する一方で、爆発時の本件タンクのベンゼン液位を、一審裁決が認定した1.38メートルより高い1.39メートルであったと認定しているが、当時のベンゼン積込み流量が毎時三四一リットルであったこと、午前一一時二〇分ころ船尾側マニホルド右舷側仕切弁が全開され一番タンクへの本格的なベンゼン積込が開始されたことに関しては、本件裁決と一審裁決とはほぼ同様の認定をしているのであるから、本件裁決が右のように爆発時刻をより早く認定しながら、本件タンクのベンゼン液位を一審裁決より高く認定するのは重大な矛盾である。本件裁決は、この他にも種々の重要な証拠や経験則に反し、本件爆発時の本件タンクのベンゼン液位を高く認定するという誤りを犯した結果、同タンク内の導油管がベンゼンに約一二センチメートル(以下「センチ」という。)浸っていたとして油面放電を本件爆発の原因から消去している。
(原告の主張)
油面放電の可能性はない。本件タンクの爆発当時の液位は、1.54メートルであるところ、測深管における液位は1.39メートルであり、導油管の縦隔壁貫通部中心位置における液位が1.459メートルとなり、曲がり部分が約一二センチベンゼンに浸り、蒸気加熱管もまた完全にベンゼンに浸っていたことは本件裁決が認定したとおりであるから、油面と突起物間の火花放電はあり得なかったものである。また、仮に導油管等がベンゼンに浸っていなかったとしても、油面と突起物との間に火花放電が発生するためには、数万ボルトの油面帯電が必要であるが、本船のような中小型内航タンカーでは、タンク内の容積が小さいため、油面電位がこのような高さに達することは極めて少なく、現に本件タンクの最高油面電位も五〇〇〇ボルトと桁違いに低いものであった。したがって、ベンゼンの流速等に特別の異常があった等の事情がない限り、油面放電の可能性は全く存在しない。
2 その他の原因
(原告の主張)
(一) コロナ放電
本件爆発の原因として考えられるものは、本件裁決が認定したような火花放電に限られない。ガイドパイプに対して非常にわずかのギャップをもって非接地状態のフロートのエッジが面している場合に、右フロートが帯電すると、火花放電発生電圧よりもはるかに小さい電圧であっても、コロナ放電(エッジの先端から太陽のコロナのように放電する現象)に類似した放電が発生し、それによって付近に存在する石油ガスは化学分解されて次第に分子が小さくなり水素ガスに近くなっていく。注油作業中、帯電した液体は次々に供給されるから、放電は継続し、エッジの周囲には分解・励起された各種の分子量の小さいガスが蓄積される一方、放電によってエッジも科学的に変化し、ステンレスのフロート表面に酸化クロム等の触媒となる物質が発生し、石油ガスの分解は促進される。こうして蓄積された分解・励起されたガスは、極めて少ない着火エネルギーで着火するから、放電によって発熱したエッジによっても容易に着火し、その火が石油ガスに点火して爆発に至ることもあり得るのである。このような現象は、静電気の研究者にとっては常識ともいえる。
したがって、本件爆発の原因が右1記載のとおりでないとすれば、それは右のようなコロナ放電によるものであるというべきである。
(二) ガイドパイプの瞬時接地による火花放電
本件フロートは、完全にガイドパイプと絶縁されてはおらず、低い確率で接触している。このように、絶縁された導体がたまに接地し、絶縁破壊が起きると、接地する時と再び絶縁する時の二度にわたって、ごくわずかの電圧でも火花放電する現象が起こり得るのであり、本件爆発の原因が以上のとおりのものでないとすれば、それはガイドパイプの瞬時接地による火花放電によるものであるというべきである。
(三) 被告の液面計の改良
被告は、本件事故後の昭和六一年二月、テフロン製クッションリングを装着した液面計のフロートに対する静電気対策を検討し、フロート下端のクッションホルダーにステンレス鋼製バンドを取り付け、同バンドにガイドパイプと常時接触するよう四本のスプリングブラシを井げた状に組み付けたアース装置を付ける改良を行ったが、これ以来本件のような爆発事故は起きていない。したがって、被告が右改良を施したことは、本件爆発の原因が本件液面計の構造上の欠陥にあったことを認めたことによるものである。
(被告の主張)
(一) 原告が主張するようなコロナ放電は、一般に放電エネルギーが僅少であり、着火源となることは少ないのであり、本件爆発が右コロナ放電によるものであるとはいえない。原告主張の現象が静電気の研究者にとって常識であるとはいえない。
(二) 本件液面計フロートがガイドパイプと接触したということはなく、原告主張のような放電が起きた可能性はない。
(三) 被告が原告主張の改良を施した理由は、関係当事者が本件事故の原因を模索する中で、各自が万全を期することの一環としてなされたもので、液面計の欠陥を認めたからでない。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件液面計フロートとガイドパイプ間の火花放電)について
1 本件裁決の位置づけ
本件において、原告は本件裁決を援用して、被告が設計、製造した本件フロートの構造上の欠陥が本件爆発の原因であると主張する。
本件裁決は海難審判法四条一項による海難の原因を明らかにした裁決であり、かかる原因解明裁決における事実認定は、当該海難に関する他の民事上の損害賠償事件の事実認定を拘束するものではない。海難審判が、刑事訴訟手続に準じた厳格な手続により審理され、合理的な疑いをはさむ余地がない高度な蓋然性が証明された場合にのみ裁決という形での公権的判断がなされ、右裁決が当該海難と関連する民事事件において事実認定の資料として尊重されるとしても、それは一つの証拠資料となるというにすぎず、裁判所が裁決と異なった事実認定をすることは妨げられないと解すべきである(最高裁昭和三六年三月一五日大法廷判決・民集一五巻三号四六七頁、同昭和四七年四月二一日第二小法廷判決・民集二六巻三号五六七頁参照)。
本件は、本件裁決の取消しを求める訴訟ではないが、原告は本件裁決の事実認定及び判断をそのまま援用して、原告の主張の論拠とするので、以下、本件裁決の事実認定及び判断の当否を原告の主張の当否と同視して検討することとする。
2 本件裁決の原因認定の概要
甲第一号証(本件裁決)及び後掲各書証によれば、本件裁決は、他に本件爆発の原因として考えられる着火源及び可燃物の諸要因を検討して、次のとおりの理由により、本件フロートの静電気の火花放電が本件爆発の原因であると認定したことが認められる。
(一) 本件フロートは、ガイドパイプとの接触による騒音防止用として、絶縁性物質であるテフロン製クッションを装着したため、接地されたガイドパイプに対し絶縁された金属導体となり、約一四センチの喫水でベンゼンに浮かんでいる状態となっているところ、横浜国立大学助手小木曾千秋作成の鑑定書(乙三)によれば、作動中最大三二〇ピコファラッドの対地静電容量となることが計測されている。そして、三菱石油作成の「フロートの対液面電位帯電比率確認実験報告書」(甲三の五)によれば、ベンゼンの液面電位はガイドパイプ外面から一〇センチ以上離れるとほぼ一定状態となって最高液面電位に達し、右最高液面電位に対するフロート電位の割合(帯電比率)は平均値で二〇ないし三五パーセントとなり、瞬時値ではさらに高くなることが確認されているから、本件フロートの帯電電位は、ベンゼンの最高液面電位の約三五パーセントとなることがあり得るところ、その電位が放電開始電圧に達したとき、上部クッションおさえ端部とガイドパイプとの間で火花放電が発生する。
(二) 本件爆発時の本件タンクのベンゼン液位における最高液面電位は、「流動電流等計算書」(甲三の一)の計算結果によると四九五〇ボルトとなり、さらに「大規模研究施設による流動帯電実験」(甲三の二)による絶縁性液体の流動帯電実験によると、大型タンクでは実験室規模の小型タンクでは見られなかった電荷密度の濃いかたまりがタンクの壁面近くにも現れて移動することも判明している。
(三) これら実験室において得られた各最大値から、液面電位が五〇〇〇ボルトの場合、フロートの帯電電位は右五〇〇〇ボルトに前記三五パーセントを乗じた一七五〇ボルトとなる。一方、被告作成の「SPT―一二〇〇型液面計フロートの静電気放電特性についての実験」(甲五)の実験結果によれば、本件液面計と同型の液面計フロートにおいて、フロートとガイドパイプの間の放電開始電圧は、摂氏23.5度、湿度四〇パーセントの空気中において一一〇〇ボルトないし三六〇〇ボルトであると認められるので、右フロートの帯電電位の一七五〇ボルトは右放電開始電圧の範囲内にあり、前記のとおり、本件フロートの対地静電容量は最大三二〇ピコファラッドであるから、右フロートの最大放電エネルギーを計算すると0.49ミリジュールとなって、ベンゼンの蒸気濃度が5.8パーセントにおける着火エネルギーの0.3ミリジュールより十分大きなエネルギーとなる。
(四) 一方、ベンゼン貯蔵タンクから保温材で被覆された荷役管により積み込まれるベンゼン液温は摂氏11.5度で、本件タンクの液温もほぼ同じと考えられ、流込みによる荷役開始から本件爆発に至るまで約二時間が経過しており、「タンク内ベンゼン濃度分布検討結果」(甲三の七)によれば、爆発時における液面からある高さでの蒸気濃度を計算式により求めた結果は、液表面において約6.3パーセント、フロート上部付近で約5.8パーセント、液面から上方約一メートルで約1.3パーセントとなり、同タンクにはベンゼン液表面から高さ約一メートルの間に爆発範囲のベンゼン混合気が存在したことになる。
(五) したがって、本件タンク液面付近には爆発範囲のベンゼン混合気があり、本件液面計フロートからの静電気の火花放電が着火源になったものと考えられる
(六) 以上によれば、本件爆発は、本件タンクにおいて、テフロン製クッションを装着して絶縁された本件フロートが、流動帯電によるベンゼン液の静電気を蓄積して一七五〇ボルト以上に帯電したため、接地されたガイドパイプとの間で0.49ミリジュール以上のエネルギーの火花放電を生じ、同フロート上部付近に存在した約5.8パーセントの爆発範囲のベンゼン混合気に着火して爆発したものであると認定する。
これらの帯電及び放電現象は極めて多くの要因が関与し、同一と思われる条件下において必ずしも再現できるとは限らず、このことは、三菱石油が実施した四四隻の内航タンカーにおける軽油及びA重油積込み時のタンク液面の最高電位の計測値が、二〇〇ボルトから約六〇〇〇ボルトまでとばらつきが大きかったことからも認められる。
(七) なお、東京理科大学教授で静電気学会副会長でもある理学博士葛西昭成が作成した「モデルによるタンク内の液面電位分布解析とフロートの電位推定」と題する鑑定書(乙四の一。以下「葛西鑑定」という。)では、被告から示された比誘電率、電荷密度及び液位等に基づき、液の導電率を零、電荷密度をタンク内で一様と仮定し、タンクを円筒形として円筒座標による特定の条件下で理論解析を行い、最高液面電位は約六六〇〇ボルト以下、フロート電位は約一三〇ボルト以下の結果が得られたとの記載がある。しかし、本件タンクは形状が複雑で内部に多数の凹凸があったのであり、本件爆発の直前、一番両舷タンクそれぞれに、平均毎分2.841キロリットルの流量でベンゼンが積み込まれ、液位が毎分約8.5センチずつ上昇しており、ベンゼン貯蔵タンクから本船に至る配管中を流れる過程で流動帯電したベンゼンが、ベルマウスを経て右のような形状の本件タンク内に放流されるとき、右タンク中での流動により大小の渦や乱流を生じ、更に帯電が累積されて液面のところどころに高電位部分を発生させている状態であった。このように、電荷密度、液面電位等は時間的、場所的に複雑な変動があるので、静的、かつ、特定の条件下で得られた同鑑定書の結論を採用することはできない。
3 本件裁決の原因認定過程の検討
以上によれば、本件裁決は、①まず、爆発当時の本件液面計フロートの帯電電位を推定し、②右推定された帯電電位で実際に放電が発生しうるとし、③その放電エネルギーで周囲の可燃性混合気に着火爆発するとの推論過程を経て、本件爆発の原因は本件フロートとガイドパイプとの間の静電気の火花放電であると結論づけていることが明らかである。
そこで、以下においては、右①ないし③の各認定及び推論過程の妥当性につき検討することとする。
(一) 本件フロートの帯電電位について
(1) 本件裁決が根拠とする実験結果の妥当性
本件裁決は、前記のとおり本件発火時の本件タンクの最高液面電位を約五〇〇〇ボルトと推定した上、これとフロートの対液面帯電比率が最大三五パーセントであるとの実験結果に基づき、本件フロートの帯電電位を一七五〇ボルトであるとしている。
しかし、本件鑑定及び鑑定人松原美之の尋問結果によれば、本件フロート電位の最高液面電位に対する比率は、タンクの形状に大きく影響され、また、液面電位については、一般に幾何学的に相似形のタンクの場合、液面電位は電荷密度と寸法(相当する部分の長さ)の二乗の積に比例し、相似形のタンクに油を充填する場合、充填条件が同一であれば電荷密度は寸法の三乗に反比例するので、全体としては液面電位はタンクの寸法に反比例して低くなるという関係にあること、接地金属でできたタンク壁は静電場に最も重要な影響を与える境界条件であることが認められる。
ところが、本件裁決によれば、本件タンクは波型鋼板製で内部が導電性の良好なリチウムシリケート系無気質ジンクリッチペイントで塗装されており、その容積は134.966立方メートルであったというのであり、また、前掲「流動電流等計算書」においては、本件タンクを幅五メートル、長さ7.3メートル、高さ四メートルの直方体(容積一四六立方メートル)であるとみなして計算しているが、本件裁決がフロートの帯電比率を認定するに当たって根拠とした前掲「フロートの対液面電位帯電比率確認実験報告書」における実験において用いられた容器は、導電性を有しないプラスチック製のものであり、本件タンクと形状や寸法も全く異なっており、しかも、右実験は、右容器に油を充たして液面計を入れ、エアー駆動式ポンプで油を循環させて強力に帯電させた上で液面電位とフロート電位の比率を求めたものである。このように、右実験においては、帯電比率に重要な影響を及ぼす諸条件が本件とは大きく異なり、かつ、本件タンク内に設置されていたサウンディングパイプの影響も全く考慮されていないのであって、右実験結果をそのまま本件の場合に適用することができない。したがって、右実験結果から得られた右三五パーセントを、前記五〇〇〇ボルトと推定した液面電位に乗じ、本件フロート電位を一七五〇ボルトと認定したことには重大な疑問があるものといわざるを得ない。
(2) 本件海難審判において提出された他の証拠との整合性
本件海難審判において証拠として提出された、春日電機株式会社作成の「フロートの帯電による着火危険性の解明」(甲三の三)には、本船とほぼ同一サイズのタンカー(第八さくら丸)のタンク内に液面計を入れ、通常の充填作業と同一の条件で軽油を充填した場合のフロート電位を計測したところ、感度一キロボルトの静電電圧計では測定できない程のものであった旨の記載があり(同実験は、労働省産業安全研究所の二名の技官が関与してなされている。)、これによれば、積み込まれる油の導電率の違い等を考慮したとしても、液面計フロートの電位が本件裁決が認定した一キロボルトをはるかに超える一七五〇ボルトに達することは通常の荷役条件下では考えられない。
なお、前掲小木曾千秋作成の鑑定書には、本件タンクのフロートが一八〇〇ないし二一〇〇ボルト以上に帯電すると、フロートからの火花放電によりベンゼン蒸気が着火する可能性がある旨の記載がある。
(3) 葛西鑑定及び本件鑑定について
葛西鑑定は、前掲「流動電流等計算書」で用いられたベンゼンの液温摂氏11.5度、導電率1.38ピコ・ジーメンス、比誘電率2.2、タンク内のベンゼン電荷密度2.46×10-7の各数値を前提に、被告が提出した資料に基づきフロートの喫水を一四四ミリメートル(以下「ミリ」という。)、タンク液位を1.3メートルとして、鑑定人松原美之が考案した理論解析の手法により最高液面電位及びフロート電位を推定したものであり、その際、「フロートは円筒形タンクの中心軸に位置する。」、「静電場計算にあたって貯蔵液体の導電性を考えに入れない。」との二つの単純化を行った結果、接地されたガイドパイプはフロートの電位を下げる方向に働き、最高液面電位を六八〇〇ボルト、フロートの帯電電位を一三〇ボルトと推定している。
一方、本件鑑定は、基本的には右葛西鑑定と同一の解析方法に依ったものであるが、葛西鑑定における右単純化を改め、タンクの形状、大きさ(前掲「流動電気等計算書」で用いられた数値と同じ、幅五メートル、長さ7.3メートル、高さ4.0メートルの直方体であるとした。)及びフロートの取付位置を実際に近づけ、タンク内構造物であるサウンディングパイプの存在を考慮に入れ、また、貯蔵液体が導電性を有する場合の静電場解析も行い、極力本件における実際に近い条件の下での解析を行った結果、タンク壁近くにフロートが位置すること及びサウンディングパイプの存在はフロートの電位を下げ、油が導電性であることはフロートの電位を上げる方向に働き、本件タンクの最高液面電位は六七七七ボルトで、フロート電位は最大でも二四九ボルトであると推定している。
原告は、本件鑑定の右解析手法には次のような問題があり、その結果を採用することはできない旨主張するので、この点につき検討する。
① 電荷密度を一様としたことについて
葛西鑑定及び本件鑑定は、本件裁決が証拠とした前掲「流動電流等計算書」と同様、電荷密度は一様であるとみなしてタンク内の電位分布を静電場の電位解析手法によって求めているが、注油作業中で油面自体の高さが上昇中であるという過渡現象としての静電気状態を考慮することなく、電荷密度が一様となった最終の状態についてのタンク内の電位分布を求めており、原告はかかる解析手法は妥当でない旨主張する。
しかし、本件鑑定によれば、注油開始後タンク内には注油によって電荷が徐々に流入すると同時に、タンク内の電荷はタンク壁や配管などの接地された構造物を通して散逸し、注油開始後一定の時間が経過すると両者はバランスしてタンク内の電荷量は一定量を保つようになることが認められる。そして、右「流動電流等計算書」によれば、ベンゼンの導電率及び比誘導電率から導かれる緩和時間は14.1秒であるから、その三ないし四倍の時間が経過すると電荷量は一定になるものということができ、本件爆発は注油開始後約一五分を経過した後に起きたのであるから、その時の本件タンク内のベンゼン液中の電荷量はほぼ一定状態に保たれていたものと考えるのが自然であるというべきである。また、本件鑑定によれば、一〇〇キロリットル規模の実大規模タンクを用いた実験により、電荷密度の空間的分布が一様であることを仮定して、タンクへの流入電流値から石油充填時にタンク内部に蓄積される電荷量(あるいは油面の電位)が、定常状態でもまた過渡的状態でも、かなりの精度で予測できることが示されており、タンク内電荷密度とその分布に関する厳密な分析を行うことが困難な状況下において、電荷密度を一様と仮定することは電位分布の計算結果に関し著しく実際と異なる結果を生じさせることはないと考えられるので、それなりの妥当性を有するものと認められる。
② 実験結果との整合性について
被告作成の、「静電気実験報告書」(甲六)には、フロートの帯電比率は液の導電率と共に上昇し、導電率0.1ピコ・ジーメンスの時、帯電比率が四ないし二五パーセントであったのに対して、1.0ピコ・ジーメンスの時は、同比率が三五ないし六〇パーセントと一桁程度大きくなったとの実験結果が示されている(同実験は、労働省産業安全研究所の二名の技官が関与してなされている。)。原告は、これによれば、ベンゼンの導電率は1.38ピコ・ジーメンスであるから、フロートの帯電比率は右六〇パーセントよりもさらに大きくなるはずであり、また、導電率の上昇は帯電比率及びフロート電位を著しく上昇させるのであるから、葛西鑑定及び本件鑑定の推定値は右実験結果と整合しない旨主張する。
しかし、本件鑑定によれば、フロートの接地される位置がタンクの中心から離れるに従い、フロートの電位は低下し、逆に最高液面電位は上昇し、したがって、フロート電位の最高液面電位に対する比率は小さくなること(この結果は、右静電気実験報告書の図11においても示されている。)、右報告書の実験では、モニターの位置での電位が最高液面電位であるとしているが、そうなるのは、フロートがタンクの中心軸にある場合のみであって、フロート位置がタンクの中心から移動するに伴い(本件フロートの位置は本件タンクの中心から離れた位置にある。)、最高液面電位を示す位置も、タンクの中心軸方向に移動し、モニター位置での右電位よりさらに高くなる傾向にあることが認められるところ、本件鑑定において、フロート電位のタンク内最高電位(最高液面電位は、この値の八割程度)に対する比率は約二〇パーセントとなることが示されており、これは、右報告書の数値と概ね一致するから、葛西鑑定及び本件鑑定の結果が右実験結果と矛盾するものであるとはいえない。
③ 動的要因を考慮していないことについて
原告は、本件裁決は本件タンクは壁面に凹凸を伴った複雑な構造のものであり、ベンゼン液は、同タンク隅の下部のベルマウスから毎分約2.841キロリットルずつ積み込まれ、タンク内に液の流動、乱流、大小の渦等が発生している状態であったので、電荷密度、液面電位等の時間的、場所的に複雑な変動があり、静的、かつ、特定の条件下で得られた結果に基づいて作成された葛西鑑定の結論を採用することはできないとしてこれを排斥しているが、本件鑑定も、葛西鑑定と同様、本件裁決が指摘した右のような影響を考慮していないとして、本件鑑定の解析手法は、合理性を欠く旨主張する。
本件鑑定によれば、タンク内部の液体が流動し、フロートとの接触により帯電する現象が生じる可能性はあるが、実大規模の石油タンク充填時の油面電位の時間的変化は、充填開始後油面電位は徐々に上昇し、一度最大値を経た後下がる経過をたどること、静電気発生量は、こすれあう二種の物質の相対速度に大きく依存するところ、本件ベンゼンは、タンク底にほぼ垂直で先端にラッパ状のベルマウスを持つ導油管とタンク底板の間隔(二五ミリ)を通ってタンク内に流入し、タンク底板に沿って拡がり、荷役管とフロートは平面距離で約3.5メートル離れ、液面は毎分約八センチのほぼ一定速度で緩やかに上昇し、爆発時にはタンク底から約1.3メートルに達し、フロートは約一三センチの喫水で液面に浮いていた状態にあり(本件裁決認定の事実)、このような具体的状況からは、本件タンク内のベンゼンの流動速度は配管内のそれに比較し著しく小さいことが推測され、液の流動等の動的要因は無視し得ることが認められる。そして、右具体的状況からは、帯電した液体が流動して激しくフロートに接触する事態を想定することは困難であり、電荷量について、本件タンク内には注油によって電荷が徐々に流入すると同時に、タンク内の電荷はタンク壁や配管等の設置された構造物を通して散逸する(注入方法は右のとおりであるから、散逸は速い。)から、注油開始後一定の時間が経過すると両者は均衡して、タンク内の電荷量は一定量を保つようになると考えられる。そして、本件では、ベンゼンの緩和時間は14.1秒である(甲三の一)から、その三ないし四倍の時間が経過すると電荷量が一定になるものと解されるところ、本件爆発は注油開始から約一五分を経過した後に起きたのであるから、本件ベンゼン液中の電荷量はほぼ一定量に保たれていた可能性が高いことは、前示認定のとおりである。これらの事実に照らすと、葛西鑑定及び本件鑑定がその科学的合理性を欠くものとはいえない。
前掲静電気実験報告書には、導電率が1.0ピコ・ジーメンス程度以上になると、液体の電荷分布が均一でなくなり、また、液体の帯電量が飽和していない状態でフロートが絶縁されるとフロートは静電界の変化に伴う静電誘導の影響を受け、この静電誘導は時間的に瞬時に起こるため、フロートの液体の帯電量が急に変化した場合などには、フロート電位の急激な変化をもたらすことになる旨の記載、及び本件裁決が証拠とした「大規模研究施設による流動帯電実験」(この実験の数値によっても、電位の上昇の割合は高々一五パーセントにすぎない。)には、大型タンクでは、小型タンクでは見られなかった電荷密度の濃い固まりが、タンクの壁面近くにも現れて移動すること、液面電位分布の測定結果は、本件鑑定で用いた計算結果のような均一な電位勾配とはならず、タンクの中央以外にも液面電位の高い部分があるとの記載があるが、この記載は前記判断を左右しない。
(4) 本件フロートの帯電電位
以上によれば、本件裁決が、本件フロートの帯電電位を一七五〇ボルトと推定したのは、本件鑑定等の前掲各証拠に照らして、これを首肯するに足る根拠に欠け、右推定を前提として本件爆発原因を推論することは、当を得ないものというべきである。
なお、中村康宣作成の意見書(甲九)には、最高液面電位は二万五〇〇〇ないし三万ボルトが妥当であり、この場合フロート電位は三〇〇〇ボルトになりうる旨の記載がある。しかし、右計算の根拠は明確ではなく、また、右数値の根拠となる簡易実験は本件とは全く異なる条件下で行われたものであり、かかる実験により得られた数値を本件のフロート電位の推定に用いることは意味がない。
(二) フロートとガイドパイプ間の放電開始電圧及びフロート放電の可能性
本件裁決が本件フロートの帯電電位を一七五〇ボルトと推定した点において当を得ないことは、前示説示のとおりであるから、これを前提とする本件裁決の前記推論過程②及び③について判断するまでもなく、その結論を採用することはできないが、念のため右推論過程②について検討すると、本件裁決が放電開始電圧を一一〇〇ボルトないし三六〇〇ボルトと認定した実験(前掲甲三の三)は、本件液面計とは、フロートとガイドパイプのすきまの寸法が異なるもの(放電ギャップ本件液面計より小さくなる構造のもの)が使用されていること、被告作成の「第六明和丸の液面計フロート三個の計測データ」(乙九)では、被告が本船の他のタンクに取り付けられていた本件液面計と同一ロットの液面計で、前記すきまの寸法も本件液面計とほぼ同一のものについて、放電ギャップが本件液面計とほぼ同じ条件の下で合計二五六回の放電実験を行った結果、放電開始電圧は最低でも三四〇〇ボルト、最高で六四〇〇ボルトであり、最も放電する可能性の高い帯電電圧は四五〇〇ボルトから五五〇〇ボルトの間に分布しているとの実験結果が得られたことに照らし、放電開始電圧を一一〇〇ボルトないし三六〇〇ボルトと推定したことには疑問が残る。
(三) 放電した場合の着火可能性
また、液面計フロートの静電容量は最大三二〇ミリファラッドであるとして、電位一七五〇ボルトでの最大放電エネルギーは0.49ミリジュールであり、一方、フロート上端部の爆発時のベンゼン蒸気濃度は5.8パーセントであり、最小着火エネルギーは0.3ミリジュールであるから、フロートは着火源となりうるとした本件裁決の推論過程③についても、前掲小木曾助手の鑑定書(乙三)及び乙一〇によれば、本件フロート上端付近のベンゼン蒸気は、ほぼ飽和濃度であったこと、本件裁決が認定した5.8パーセントの低い濃度分布では、仮に着火したとしても本件タンク強度を超えるような爆発圧力には至らない可能性が極めて高いことが認められ、本件鑑定によれば、本件フロートの帯電電位は最大二九〇ボルトにすぎないが、本件裁決が認定した本件フロートの静電容量三二〇ピコファラッドを前提とすると、放電エネルギーは多く見積っても約0.0135ミリジュールであり、前記最小着火エネルギー0.3ミリジュールの下では、着火するとは考え難いことに照らし、本件裁決の推論過程③についても疑問が残る。
(四) 小括
以上の次第で、本件裁決の本件爆発の原因に関する推論は採用することができない。そして、他の本件に現れた全資料によっても、原告の主張する本件液面計フロートの静電気の火花放電が本件爆発の原因であるとの事実を認めるに足る的確な証拠はない。
二 争点2(その他の原因)について
1 原告は、仮にフロートの電位が小さくとも、コロナ放電によってベンゼン蒸気が電気科学的反応を起こして水素を発生し、この水素がコロナ放電によって着火し、この水素の火がベンゼン蒸気を着火爆発させることがあり得る旨主張する。
しかし、本件全証拠によっても、右現象の存在が科学的に実証された事実を認めることはできない。
2 原告は、絶縁された導体である本件フロートがガイドパイプとたまに接触し、絶縁破壊が起こることにより、ごくわずかの電圧でも火花放電することがあり、本件もこのような原因で火花放電が起きた可能性があると主張する。
この点、「SPT―一二〇〇型液面計フロート部の静電容量の測定」(甲八)には、実際の液面計使用時と同じ状態で、フロートの静電容量を測定した結果、フロートとガイドパイプは、内部マグネットの吸引により、どこかの部分で必ず接触し、各フロートとも、溶接時の裏波等により、円筒部とガイドパイプ間で金属接触することがあり、フロートとガイドパイプ間の接触部位により、フロートの静電容量は大きく異なること、金属接触寸前の静電容量は大きくなるが、消炎効果によりその値は無視してよいと思われる旨の記載がある。また、前記小木曾助手作成の鑑定書(乙三)にも、本件液面計のマグネットの作動を想定し、フロートの一端がガイドパイプと接触するようにしてフロートの静電容量を測定した旨の記載があるから、これらの記載によれば、検査調書(乙一四)には、右フロートとガイドパイプとの導通テストの結果、導通はなかった旨の記載があるものの、本件フロートとガイドパイプが一瞬接触した可能性は否定できない。
しかし、本件鑑定によれば、一般的に、断続的な接触と絶縁の際に通常の電極(電源に接続され、電圧が印加された電極)での接触放電のような放電が生じる危険性があるが、電極を引き離す際に、印加電圧が低いにもかかわらず放電が開始されるのは、急激な電流変化により電圧が上昇する誘導起電力と呼ばれる現象によるものと推察されること、この現象が発生するには、電流が流れることが必要であるが、静電気的な帯電では総電荷量が限られており、こうした放電を維持することはできず、最初の一瞬火花放電が生じるだけであり、着火には至らないものと認められるから、本件フロートとガイドパイプの接触による火花放電が、本件爆発の原因と考えることはできないというべきである。
したがって、原告の右主張はいずれも採用することができない。
3 原告は、被告が本件事故後、アース装置を取り付ける改良を行ったのは、本件事故の原因が本件液面計の構造上の欠陥にあることを認めたことによるものと主張するが、被告が右欠陥を自認したことを認めるに足る証拠はなく、将来の事故防止のためより安全なアース装置を取り付けたことは、それだけで、本件爆発の原因が本件液面計の構造上の欠陥にあったことを推測させる事由となるものではない。
三 結論
以上のとおり、本件裁決が存在するものの、本件爆発の原因が被告の設計、製造にかかる本件液面計の構造上の欠陥にあるということはできず、これを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官長野益三 裁判官玉越義雄 裁判官名越聡子)
別紙図面一〜六<省略>